2014年1月18日土曜日

【追悼】星一徹と加藤精三

 

「巨人の星」星一徹役、加藤精三さん死去 享年86歳 膀胱がんのため
[シネマトゥデイ芸能ニュース] テレビアニメ「巨人の星」の星一徹役などで知られる俳優で声優の加藤精三さんが、17日11時40分、膀胱(ぼうこう)がんのため東京・板橋の病院で死去した。享年86歳。所属する劇団俳協の公式サイトなどで発表された。

 大変悲しいニュースが飛び込んできました。トランスフォーマーや電撃戦隊チェンジマンで育った世代で、後に梶原一騎主義者になった自分にとって、加藤精三さんは単にひとりの声優という枠を超えた存在で、あのローバリトンの声を聞くたび、身が引き締まる思いをしたものです。

 加藤さんといえば、記事にもあるように代表作は「巨人の星」の星一徹ですが、星一徹ほど多くの人々に強烈な印象を与えながら、甚だしい誤解を受け続けたキャラクターもないのではないか。

 一徹といえば「ちゃぶ台返し」と言われ、暴力をもって家庭に君臨する悪しき家父長制のシンボルなどと揶揄する向きもあって、こういう人たちほど実際に「巨人の星」を読んでいなかったりするんだけれども、原作中で一徹が飛雄馬を殴ったのはたった2回だけ。それも飛雄馬が嘘をついたり、ズルをしたときだけでした。

 アニメのエンディング主題歌で「ちゃぶ台返し」の絵が毎週放送されたため、視聴者の脳裏に一徹が毎週ちゃぶ台をひっくり返しているようなイメージがこびりついてしまったのは返す返すも不幸なことでした。実際に作品を読んでみれば、これほど息子を心底から愛し抜いた父親はいません。

 

 一徹のモデルは原作者・梶原一騎の父、高森龍夫と言われています。熊本生まれの典型的な肥後もっこすで、青山学院を卒業後に旧制中学の英語教師となった龍夫は、剣道部員の打ち込む竹刀をキセル一本であしらったという超人的なエピソードの持ち主。

 どこの中学に行っても龍夫に逆らう不良はおらず、むしろ不良少年ばかりかばうので校長と対立し、とうとう教師家業から足を洗って、上京して編集者となり、原稿料では腰を上げない永井荷風や谷崎潤一郎、正宗白鳥の家に米俵を運んで書かせたという逸話があります。

 この武道好きでバンカラな気風と裏腹に文芸の世界へも通じる龍夫の性格が、息子の朝樹こと梶原一騎に与えた影響がいかに大きかったか、梶原劇画を読んだものには得心がいくはず。

「巨人の星」は、吉川英治の「宮本武蔵」とロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」をモチーフとした作品ですが、この「ジャン・クリストフ」に登場する飲兵衛で自堕落な父親メルキオルが、戦争で野球への夢を断念し酒で身を持ち崩した作品初期の星一徹描写に影を落としていることは、あまり指摘されていなかったかも。

 ただ、クリストフの父メルキオルが無念の中で「クリストフ、俺を馬鹿にするなよ!」のひと言を残してこの世を去って行くのに対し、一徹はすっぱり酒をやめ日雇い労働者として工事現場で働きながら飛雄馬の学費を稼ぎ、飛雄馬が巨人入りすると父として息子の必死の戦いを見守り続けるあたりは、さすがの梶原節。

「巨人の星」で最も文芸色が強いのは、黒色腫に蝕まれ残り少ない人生を山奥の診療所に捧げる少女・日高美奈と飛雄馬の恋のエピソードですが、美奈への切なく純粋な思いを手紙で知らされた一徹が、苦しみのあまり亡き妻に救いを求める姿は、ひたすらに我が子と少女を案じるひとりの父親の真情を余すところなく表現しています。これのどこが暴力スパルタ家父長か。

 梶原一騎の評伝本といえば斎藤貴男の「夕やけを見ていた男」で、この本では「巨人の星」本放送当時の人気の凄まじさが詳述されてるのですが、改めて読んでみると、視聴率は常時30%台を記録していたとか、メインスポンサーの大塚製薬グループは一気に知名度を増して今日の隆盛につながったとか、都内の小中学生千人にアンケートを取ったら、「巨人の星」が全体の6割近い支持を得てダントツ1位だった(「あしたのジョー」は4位!)とか、まあ、今後こんなスーパーヒット作品は絶対出てこないだろうという人気ぶり。

 そんな「夕やけを見ていた男」で私が好きなのはこの一節です。なぜ当時のちびっ子は巨人の星に熱狂したのか、なぜ星一徹が好きだったのか、子どもたちは暴力スパルタ家父長を愛していたのか、本当は違う。本当は身近に心から尊敬できる真の男を見出したかっただけなんだと、そう思わせてくれる。

 時代は加速度を増しながら、この国の経済大国化に向けてひた走っていた。父親たちは会社のためにすべてを捧げ、もはや家庭など顧みることをしなくなった。後ろめたいのか、それとも埋め合わせのつもりなのか、彼らは子どもたちの前では己の男としての人生にも仕事にも自信のない、ただ優しいだけのマイホーム・パパでしかなくなっていた。

 星飛雄馬の父・一徹は、現実のそんな父親とは対極にあった。父と子のドラマ『巨人の星』は、そんな時代の少年少女たちの“ないものねだり”の空気を捉えたのである。当時、カバゴンこと教育評論家の阿部進が司会役をつとめ、日本テレビ系で放映されていた『ヤア! ヤア! ガキ大将』というテレビ番組で、阿部が会場に詰めかけた百数十人の小中学生に「キミ達のパパと、あのおっかない一徹とうちゃんと、どっちがカッコイイ?」と尋ねたところ、ほぼ全員が「一徹!」と叫んで手をあげた。

p.39-41

 話を加藤精三さんに戻すと、やはりキャリアの中では悪の大首領役が目立ちますね。なかでも電撃戦隊チェンジマンの星王バズーは、造形の秀逸さもあいまって歴代大首領の中でも屈指の存在感だったのでは。画面に出てくるたび、作戦に失敗した幹部を電撃で罰する冷酷さには、子供心に震え上がったのを思い出します。

 加藤さんはいわゆる「語り」に興味を持っており、銚子の宿のホールで200人ほど集めて語りの会を催していたとか。語りを勉強し始めた要因は、日本語のきれいなしゃべり方に関心があったからだそうで、実際にボイスサンプルを聞くと、これがまたいいんですね。本当に惜しい方を亡くしました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌。

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