2012年2月5日日曜日

統制権力に固執する財務省

 前回「統制経済国家アメリカ」ではアメリカこそ第二次大戦を最も統制的に戦った国であり、現在でもさまざまな場面で統制的な手法を用いていることを述べました。今回はその続き。 日本は第二次大戦で統制力不足を露呈し、アメリカに敗北したわけですが、その敗戦国日本の官僚は戦後になってアメリカの統制力に気づいたわけですね。 

第二次大戦に負けたことで、日本の軍人官僚は日本近代の課題を正確に把握した…と思った。それが、アメリカのような国に対抗するためには、産業は平時から統制していかなかったらダメだ、という結論だったんだ。そしてその課題意識が、戦後の大蔵官僚、通産官僚に引き継がれている。(p.39) 官僚たちが戦後にアッと驚いたのはだね、アメリカがやっていたことに比べたなら、日本の戦時経済なんて、ありゃ「統制」でも何でもなかったってことなのさ。その猛省を凝集したような官庁がドッヂライン中は日銀、次に大蔵と通産省のコンビで、冷戦中はその通産省方式の統制が国際競争に通用したわけだ。(p.44)

 戦時中の日本には「統制」がなかった。だからスローガンとして「統制」を叫ばなければならなかった。この歴史の皮肉に気づいた大蔵官僚たちは、平時から産業を「統制」して国力を高めていくという手法をアメリカから学び取ったんですね。戦後、大蔵省は「大蔵幕府」と呼ばれるほど絶大な権限を発揮して、平時の「国家総動員体制」を作っていったというわけです。

 戦前から戦中にかけては、軍隊という国民から大変な信頼を集める恐ろしい組織が存在していましたが、戦後になって軍人の重しがなくなると大蔵省は「統制権力」を大いに発揮し、その手法は大体80年代ぐらいまでは成功していたのだと思います。この頃は日本経済全体がしっかり成長していたので給与水準も民間の方が国家公務員を上回っており、まだ誰も官僚悪玉論を唱えていません。公務員倫理法も施行されていませんから官民接待も受けたい放題でしたね。古き良き時代というやつです。

 これが90年代に入ってバブル崩壊によりデフレになってくると、大蔵省に対する風向きも変わってきます。戦後ずっとインフレ基調で来たものがバブル崩壊後デフレに変わったわけで、この大転換に対応できなかった結果、失われた10年と呼ばれる長期不況が始まるわけですが、大体96年ごろを境に民間と国家公務員の給与水準が逆転しています。この年、期せずしてテリー伊藤の「お笑い大蔵省極秘情報」が出版され、98年にはいわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件が発覚。これで大蔵叩きが日本の「空気」となったため大蔵省は一気に自信を喪失することになりました。

 しかし組織というのは生き物ですから、旧大蔵省解体後も財務省は「統制権力」を必死で維持しようとします。その大義名分として、もっと言えばレトリックとして唱えられたのが「財政再建」だったのではないか。この点に関しては以下のツイートが参考になるかもしれません。

 財務省は自分たちの「統制権力」を維持するための方便として「財政再建」を主張しているのであって、本当に財政を再建させるつもりはないのではないか。財政健全化をやめれば財務省の「統制権力」はなくなってしまうから、外貨建てで借金しているわけでもない日本の「財政危機」を必要以上に声高に叫ぶのではないか。それはシナ事変を自主終息させたら陸軍省の国内統制権がなくなるので、東條陸軍大臣が日米交渉を妨害したのと同じことなのではないか。

 最近IMFの篠原尚之副専務理事が「日本は消費税を15%に上げろ」と発言していますが、篠原氏は財務省出身で省益のために発言していることは周知の事実です。財務省の「統制権力」を維持するためなら国際機関に入り込んでまで活動する! 敗戦後アメリカから学んだ「統制」の手法を、その前提が崩壊してもなお必死で維持しようとする財務省を見ていると、これもまた敗戦後遺症のひとつなのかなと思えてきます。この敗戦後遺症から脱却しないことには「デフレ脱却」も「景気回復」も永遠にあり得ないのではないか。「敗戦コンプレックスの払拭」は歴史認識や国防問題と同じぐらい経済の文脈においても必要なのででしょう。

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