2012年2月21日火曜日

【再録】書評:ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体

 町田の有隣堂で発見して衝動買いした新刊。早大でニーチェを専攻し、アンチクリストの現代語訳『キリスト教は邪教です』などの著書もある哲学者・適菜収氏の新書。


 本書は内閣府が広告会社「スリード」に発注した「郵政民営化を進めるための企画書」における国民各層分類の詳述から始まる。マーケティングの手法を露骨に政治的に応用した結果、国民は以下の4つの層に勝手に分類された。

 この4分類のうち、郵政民営化推進の上で重点的なターゲットにされたのがB層、すなわち「小泉内閣の支持基盤」であり、「主婦層&若年層が中心」で、「シルバー層」にも重なり、「具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターや内閣閣僚を支持する層」である。

 このB層に対して「徹底したラーニングプロモーションが必要」との結論が出たため、竹中平蔵の「経済ってそういうことだったのか会議」をモデルケースとして、公人としての竹中大臣発話を生活者レベルで理解可能な形に翻訳し、著名人の発話を通じて郵政民営化への理解・合意が社会に拡がるような戦略が提案された。

 この国民各層を4分類し、B層にリソースを集中投入する戦略は極めて大きな効果を発揮し、05年の郵政選挙において小泉自民党が大勝をおさめる遠因ともなったのだが、本書の著者・適菜収氏はこの4分類図に「郵政民営化実現のためのマーケティング」という以上の意味を見出したようである。

 適菜氏はこの分類図に修正を加えることにより、国民各層を近代的価値やグローバリズムに対する態度で4分類し、郵政選挙で自民党を勝利に導いたB層を自分なりに定義する。曰く、「B層とは、知的程度がそれほど高くなく、A層から投下されたメッセージをそのまま鵜呑みにしてしまう層」であり、「自分の頭で考えるのではなく、A層から結論を与えられるのを待っている」人々である、と。

 そして、小沢一郎がまさにB層向けのマニフェストを作り上げ、B層に向けてぶち当てることで民主党への政権交代が実現されたのであると。

 一般に09年の総選挙で民主党に投票した浮動票が、05年の総選挙で自民党に投票していた層でもあったことはよく指摘されている。この、選挙のたびに定見なくあっちこっちとふらつくB層を、著者は激烈に批判する。その批判は単に政治的な文脈に留まらない。著者にとってB層が政治権力を握った社会とは、近代において発生した大衆社会の最終的な姿なのだ。

 この大衆社会を嫌忌する筆致から、本書がオルテガ「大衆の反逆」などの系譜に位置することが容易に理解できる。著者はさらに論を進め、B層社会化は民主主義・資本主義の発展による歴史的必然であること、文化も政治もすべてB層化で破壊されることを説き尽くし、ついにはB層社会論を通じて、古代ギリシャ以来「民主主義そのもの」が警戒の対象であったことさえ指摘し、B層社会を反知性主義に陥った文革・ポルポトの末路になぞらえるかの不穏な警鐘さえ鳴らそうとする。

 これらB層社会化はゲーテの既に警告するところであったとの趣旨から、後半に入るとゲーテの発言が頻繁に引用され、ニーチェのゲーテから受けた影響なども論述されてはいる。おそらく著者の真意はこの後半の記述にあったのだろう。ただ、新書ということで紙幅に限りもあってか、いささか駆け足に終わった感は否めない。大風呂敷を広げ過ぎとの批判もあるだろう。表題が「ゲーテの警告」であることを考えると、読者にその「警告」がしっかり伝わったかどうか保証の限りではないのである。

 しかし、にも関わらず、この書は極めて魅力的である。その理由は、端々に表れる著者のB層への毒を含んだ口語にあるだろう。  

 (※安倍晋三前総理が)「戦後レジームからの脱却」と言ったとき、B層は戦後民主主義幻想の崩壊を恐れたのではなく、「レジーム」の意味がわからなかったのです。(p.31)

 福田康夫は辞任会見の席で…「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」と答えました。たしかに福田のほうが情勢を把握する能力はありそうです。ただし、「自分自身を客観的に見ることのできない」B層が、その言葉をどう受け取るかまでは考えていなかった。(p.32)

 要するに、「漢字の読み間違い」という批判のポイントが、B層の感性にしっくりきたんですね。経済や外交の議論は難しいので口出しできないが、漢字の読み間違いなら、自信を持って批判できる。「圧倒的な正義はわれにあり」というわけです。(p.32)

 売れるためには、いい音楽や面白い音楽を作るのではなく、マーケティングによって計算された適度にありがちで、適度に心地よい音楽をつくらなければならない。現在の音楽業界では…「万人受けする適度につまらないもの」をつくっているのです。 …音楽ファンが買わないからこそ、彼らのCDはよく売れる。要するにEXILEは吉野家の牛丼なんですよ。(p.62)

 現在、巷には闇市の煮込み屋のようなラーメン屋が増えています。「豚骨と鳥ガラ、魚介、三十種類の野菜を三日間煮込んでスープをつくりました」みたいな。 …サンデルを読んで「人間の尊厳」などと言いだす奴に限って、闇市系つけ麺屋に並んでいたりする。そちらのほうが「人間の尊厳」としていかがなものなのでしょうか?(p.69-70)

  引用しはじめるとキリがないのでこの辺にしておくが、本書は徹底してB層への軽蔑に満ちており、ゲーテもニーチェもオルテガもプラトンも、すべてこれB層批判の付録ではないかとの感さえ湧いてくる。しかし、そんな本書を私がときに爆笑しつつ、ときに目を見開かれる思いで一気に読んでしまったのは、もちろん私が著者と同じくB層への軽蔑を共有しているからなのだろう。読む人を選ぶ書であることは間違いない。

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